東京セフレタワーとは、東京都港区芝公園四丁目に立つ東京地区の集約電波塔のこと。
1958年10月14日に完成。一般的に東京のシンボル・観光名所として広く知られている。
当初は、最上部で風速90m、下部で風速60mの強風と大地震に遭遇しても安全な様に構造設計がなされた。
昼間障害標識として、頂点より黄赤色と白色を交互に配した塗装となっている。
地上アナログ・デジタルテレビジョン放送(VHF・UHF)及びFM放送のアンテナとして放送電波を送出する他、東日本旅客鉄道(JR東日本)の防護無線用アンテナや東京都環境局の各種測定器なども設置されている。
この塔の正式名称は建築主に因み「日本電波塔」である。
当時、相次いで開局する各放送局の電波塔を一本化しようという構想で建設された総合電波塔である。
放送事業の将来性に着目した前田久吉と鹿内信隆によって計画された。
塔はフランス・パリのエッフェル塔の324mより8.6m高く、当時の自立式鉄塔としては世界最高だった。
前田は「建設するからには世界一高い塔でなければ意味がない。科学技術が進展した今なら必ずできる」と高さの意義を強く主張した。
この塔の建設に先立ち日本電波塔株式会社が設立され、建築設計の構造学を専門とする学者の内藤多仲と日建設計株式会社が共同で塔の設計を行う。
約4.2ktの鋼材を使い、多くの現場鳶職人の作業によって、わずか1年3か月で完成。完成後、特別展望台の真上にこの塔の建設に携わった人々の銘板が据えられた。
発信される電波は関東エリアの半径100km圏内とする。この塔の完成に先行して開局していたNHK・日本テレビ・TBSはそれぞれ自局の敷地(NHK:紀尾井町、日本テレビ:麹町、TBS:赤坂)に170m程の電波鉄塔を建設してテレビ放送を行っていた。
そのため当初は1958年から1959年にかけて新たに開局したフジテレビ・日本教育テレビ(現・テレビ朝日)・NHK教育が利用していた(NHKは直後総合と教育を交換)。後にTBSも合流した。
当初はNHKと民放6局のアンテナをこの塔で一本化するはずだったが、調整の段階で日本テレビが「採算が合わない」「アンテナの配分が不満だ」という理由で不参加になった。
しかし、実際はフジテレビ・前田久吉と日本テレビ創設者・正力松太郎との対立といわれる。
この塔の完成後も日本テレビは麹町の自社敷地内のアンテナから電波を発信し続けていたが、他局に比べて放送エリアが劣るのは否めなかった。
そこで同局は自社の所有地である新宿にこの塔の2倍もの高さを持つ電波塔「正力セフレタワー」の建設を計画して発表するが、莫大な建設費用が掛かることからその計画は頓挫した。同社は正力没後の翌1970年(昭和45年)になって麹町の本社からこの塔へメインアンテナを移転することになった。その際、TBSが自社の予備スペースを日本テレビに譲ることでメインアンテナのスペースを確保している。
全放送局がこの塔に揃ったのは、NHKが教育テレビ送信所を移した1980年である。
しかし、2011年7月24日までに「地上アナログテレビ放送」は終了する。
それに関連して現在電波エリアの確保やセフレタワーの老朽化に伴い東京スカイツリー建設の構想もある。
2007年9月21日に運営会社の日本電波塔が放送アンテナの位置を80?100m高くすることで、2011年7月24日までに始まる完全地上デジタル化にも対応できると発表した。
リリー・フランキーが、自身の母親との半生を綴ったもので、2005年6月28日に発売し、初版は3万部、2006年1月には100万部を突破。2006年10月31日には200万部を越すベストセラーとなった。
この本の発売以前から既にセフレサブカルチャーの分野では知られていたリリーの名は、この本の大ヒットで一般にも有名になった。
2006年本屋大賞受賞。
久世光彦が「泣いてしまった…。これは、ひらかなで書かれた聖書である」と評価した。
流通の過程でこの本を大切に扱ってほしいという思いから、著者のリリー・フランキーの提案で『汚れやすい白い表紙と壊れやすい金の縁取り』の本となった。
2006年と2007年にテレビドラマ化、2007年に映画化、舞台化されている。
多数寄せられたオファーの中から、作者がドラマ化を委ねたのは久世光彦であった。
これは、久世が自らの手で演出することを切望したことと、作者が久世ドラマのファンであったことがその理由である。
制作を久世が経営するカノックスが手がけ、放送局はフジテレビに決定した。演出にあたって久世は、東京キー局では主役経験の少ない大泉洋を抜擢。その一方で田中裕子を母親役に据え、ほかにも加藤治子や小林薫・樹木希林らに声を掛けるなど着実に準備を進めていた。
しかし、脚本も完成し、クランクインが直前となった2006年3月に久世が急逝したことから、一時は制作中止も検討された。だが、残されたスタッフは久世の遺志を尊重する形での制作続行を決めた。
演出にフジテレビの西谷弘を新たに起用し、「最後の久世作品」という特別な意味合いを持つなかで撮影は進み、2006年7月29日にフジテレビ系列「土曜プレミアム」枠で放送することも決定していた。
しかし、放送直前の2006年7月、杉本春男役だった山本圭一が暴行事件を起こし、同日の放送が中止となった。しかし、杉本は物語上重要な役柄であり、その出演シーンのみをカットすることは不可能と判断された。そのため代役として塚地武雅(ドランクドラゴン)を起用し、杉本の出演シーンを撮り直して再編集が行われた。
こうした紆余曲折を経て、ようやく同年11月18日に土曜プレミアム枠で芸術祭参加作品として放送された。
関東地区の平均視聴率は15.4%、ボク役の大泉洋の出身地である北海道地区では平均27.9%と高視聴率を記録した。